革命前夜の藻塩草

Anthologie à la veille d'une révolution

2022 年アニメ総括


世界が 2023 年を迎えて数日が経った.せんだって 2022 年から継続試聴していたアニメ作品の最終話が一応終わり,ひと区切りがついた.このタイミングで,過ぎ去った一年を振り返る意味において,また今ここでしかありえないだろうようなしかたで抱く感情を凍結しておく意味において,そしていつかそれが解凍されるだろうときに必要となる鍵のありかを遺言する意味において,ここに総括を残す.まずは 2022 年に発表されたアニメ作品のうち,私が視聴したもののリストを示す.その後,格別に思い入れのあるいくつかの作品について,短いあらすじとともに感想を書き連ねる.


試聴したアニメのリスト

 以下に,2022 年に放送・上映されたアニメのうち私が観た作品を挙げる.なお,2021 年以前の作品も相当数鑑賞したが,それらは載せていない.

2022 冬アニメ

2022 春アニメ

2022 夏アニメ

2022 秋アニメ

劇場公開作品

特に心に残った作品

 この一年に私が特に堪能した作品をいくつか紹介したい.

“いやしのうた” は越境する
——『ヒーラー・ガール』

 2022 年に観たアニメは全体的に傑作ぞろいであった.とりわけ私の心を捉えたのは,なんといっても『ヒーラー・ガール』である.

healer-girl.jp

 舞台は,西洋医学東洋医学とならび,歌によって病気やケガを治療する「音声医学」という医療分野が受け入れられるようになった世界.音声治療師,通称「ヒーラー」の資格を目指して日々努力する高校生たちの成長がいきいきと描かれる.

 “歌” という要素は『ヒーラー・ガール』のストーリー上,重要な役割をはたすのみならず,深夜アニメにもかかわらず(?)各話にミュージカル・パートが挿入されるという演出によって,本作を唯一無二の存在たらしめている.毎回異なる歌が使われるというだけでじゅうぶんに豪華であるが,劇伴と同じく高橋諒の手になる各楽曲のクウォリティは,「アニソン」という枠組みで語ることがはばかられるほどに高い.キャラに寄り添って,時にやさしく,時にコミカルに,美しいハーモニーとともに披露される声優の歌唱も必聴である.本作の主人公たちを演じる声優4人からなるグループ;「ヒーラーガールズ」が解散してしまったことはたいへんに惜しまれる.なお,私は今作のサウンドトラックと劇中歌アルバムを購入し,ヘヴィー・ローテーションしている.

 作画面でもひじょうに意欲的であった.全 13 の放送回で半数近くが「一人原画」回であるという驚くべき作品であり,“アニメーション” としての楽しみもぞんぶんに感じることができる.ヒーラー(見習い)たちの「治療」シーンでは,彼女らに見えるイメージ,心象風景がダイナミックかつエモーショナルな作画で描き出される.独特なデザインのキャラは表情豊かに描写され,全体に色鮮やかな背景とともに,強烈にポップな印象を残す.

『ヒーラー・ガール』において,歌唱は患者の疾病を治癒する.これは作品の設定であるだけでなく,本作を視聴するわれわれの心もまた,歌によって癒される.フィクションとリアルの境界の越えて視聴者を癒す力が本作にはある.過小評価,というか食わず嫌いされている感の否めない本作であるが,「ヒーリングアニメ」としては『ARIA』に次ぐポテンシャルを有するに違いない.

歌アニメたり,感情アニメたり
——『Extreme Hearts』『ルミナスウィッチーズ』

『ヒーラー・ガール』と同様に,歌に重きがおかれた作品が 2022 年にはいくつか発表された.わけても『Extreme Hearts』は私のお気に入りである.

exhearts.com

 エクストリームギアを装着することにより人間離れした運動能力を発揮できるようになった近未来,それをもちいておこなうハイパースポーツに人びとが熱中しているというのが『Extreme Hearts』の世界観である.ハイパースポーツの試合で勝ち進むことで,大勢の観客を前にして音楽のパフォーマンスができるという大会である「Extreme Hearts」を舞台に,感情と感情の激しいぶつかり合いが繰りひろげられる.所属していた事務所を解雇になった駆け出しのシンガーが,リアルスポーツ(生身でおこなう従来のスポーツ)の元トッププレイヤであり,彼女の数少ないファンである学生と出会うところから物語は始まる.ファンの学生は,彼女の歌を世界中に届けたいという想いを胸に,ともに Extreme Hearts に挑戦することを決心する.当初はレンタルしたプレイヤーロボットたちを補充要員としていたが,やがて人間の仲間を増やし,強豪ライバルに立ち向かっていく…….

『Extreme Hearts』のおもしろさは,まずエクストリームギアやプレイヤーロボといった突飛ともいっていい設定だろう.ここではごくあっさりと書いたので伝わらないだろうけれど,アニメを観ていて突然そうした設定が提示された視聴者はきっとみな度肝を抜かれたと思う.しかし,けっしてとんちきな展開に終始することはなく,登場人物たちがみな本気でハイパースポーツ,そして歌のパフォーマンスに取り組むという意味で,シリアスにアツい作品となっている.各チームはそれぞれの夢を,目標を,プライドをかけてハイパースポーツを闘うため,試合中はとうぜん敵どうしである.しかし,ふだんは深夜まで合同練習をおこなう,芸能人として共演するなど,Extreme Hearts に挑戦する者としての連帯を感じさせる.オフではふつうに仲がよかったり,憧れを抱いていたり,互いの裏事情まで知っていたりする関係でも,本番ではそれぞれの勝利のために真剣にぶつかり合う.そして,その果てに何かを見つける…….そんな,関係性の妙に着目して楽しんでみるのも,圧倒的おすすめである.

 本作の劇中歌で,主人公のチームが歌う楽曲は,主人公みずから書き下ろすという設定になっている.作中の情況とリンクさせて楽曲を聴いてみると,この物語をより深く楽しめると思う.また,あわせてダンスにも注目してほしい.とても可愛らしいので.

 連動して配信されたExtreme Hearts S×S×S』も,本編を一話観るごとにあわせて観るべきだ.おまけという扱いではあるが,本編で語りきれなかった裏話,感情,心の交流,楽曲の誕生秘話,etc... がこれでもかという密度で詰め込まれている.『S×S×S』を観ずして『Extreme Hearts』を観終えたことには決してならない.

『Extreme Hearts』の世界観はすでに完成されている.だからこそ,今作一回こっきりで終わることなく,二作目,三作目,……と,続いていってほしいと思うのは,オタ心だろうか.

 歌とダンスのパフォーマンスがメインな 2022 年の感情アニメといえば,『連盟空軍航空魔法音楽隊ルミナスウィッチーズ』は欠かせないだろう.

w-witch.jp

 本作は『ストライクウィッチーズ』に代表される『ワールドウィッチーズシリーズ』の新作であるが,過去作品を観ていなくてもじゅうぶんに堪能できる.世界が未知の生命体・ネウロイと戦争状態にある時代,軍人でありながら,厄介払いを受けて音楽隊に所属することになったウィッチ(魔女)たちが,歌とダンス(魔法を使った空中でのパフォーマンスも)で各地の人びとを慰労する物語だ.OP, ED がまず良いし,劇中歌も聴けば聴くほど味のあるスルメ・ソングばかりである.歌からダンスの振付,衣装まで,ウィッチたちが自分たちで一から手作りしていく.その過程で,ウィッチたちは時に衝突し,時に悩みながら,心を寄せあっていく.正統派の感情アニメである.

 過去作ではあまりスポットを浴びることがなかった「使い魔」と呼ばれる動物たちだが,今作ではやけにリアル寄りのもふもふとして登場し,とても愛らしく描かれる.今作では使い魔との出会いがストーリー上の重要な位置を占めているのだ.また,過去作ではウィッチは戦線の最前に立ち,命がけでネウロイと戦う存在として描かれてきた.ところが,今作ではウィッチたちはまったく戦闘に参加しない,銃後のウィッチとして日々をすごす.気分を楽にして観ることのできる萌えアニメという側面が強調されている.現実とのかかわりで言えば,戦いの時代にウィッチが非戦を貫く意味を読み込むこともできるだろう.

アニメの楽しみって何?
——ヤマノススメ』『Do It Yourself!!』

 アニメ好きとして語らずにおれないのは『ヤマノススメ Next Summit』についてであろう.

yamanosusume-ns.com

 登山を趣味とする飯能市在住の高校生,雪村あおいと倉上ひなたが,同好の士たちと山に登ったりアウトドア活動をしたりする日常系のアニメだ.前作『ヤマノススメ サードシーズン』に続く,『ヤマノススメ』の第4期である.少々粘度の高い感情のやりとりが繊細なドラマで描かれた前作とは打って変わり,今作は断片的なオムニバスの趣が強かった.これまで5分枠や 15 分枠で放送されていたが,『Next Summit』では満を持しての 30 分枠となった.最初の4回では,アヴァンタイトルの短い新作映像とともに過去作品の総集編として放送された.残りの回はフルで新作映像だった.新キャラを加え,ますます広がる雪村あおいの交友関係から目が離せない.

ヤマノススメ』シリーズのつねとして,作画が凝っている.『ヤマノススメ』はもともと5分枠で始まった.思いきり作画に力を入れたアニメを目指すのは,その出自からも当然だと思われる.ベテランの凄腕アニメータから若手の気鋭アニメータまで,実力派を集めてくる.安定感があるのは基本である.しかし,全編均一に上手な絵を見せようというよりは,少々崩しつつもキャラをいきいきと動かす作画とか,きわめて精緻な書き込みをする作画,繊細な芝居を魅せる作画,微妙な表情を描くのが巧い作画,角度にこだわり,空間の描きかたが巧い作画などなど,アニメータごとの “作家性” が強く見られるようなアニメーションを志向しているように思われる.今作では,A パートと B パートがそれぞれ別のアニメータの一人原画であるような回が多数あった.一人原画とまではいかずとも,ごく少数のアニメータだけが参加しているような回もあった.各回でアニメータの個性が表出することにより,多かれ少なかれ,キャラの造形も揺らぐことになる.これもまた観ていておもしろい現象で,各アニメータの思い入れかたとか解釈の違いが如実にあらわれる部分であると思っている.たとえば,キャラのサイズが縮むときは『ヤマノススメ』をロリコンアニメと捉えているアニメータが描くからだろうし,逆に,頭身が大きくなる回は,担当するアニメータがキャラの精神的に成熟した部分に重きをおいているからだろう,などと勝手に考えている.これは極端として,『ヤマノススメ』がアニメータの作家性を尊重するのは,アニメーションの可能性のようなものをわれわれに提示しようとする意図があるとは思う.

 その作家性の極致といえるのが,各話のエンディングである.アニメータは吉成鋼.特に1話のエンディング映像は,2022 年時点での日本アニメが到達した最高峰と言ってもいい.2話以降のエンディングも吉成鋼の手になるものだ.ものすごい枚数のエモーショナルな絵が畳みかけられるようにわれわれの目の前に示される.感情が処理落ちすること請け合いだ.

www.youtube.com

ヤマノススメ Next Summit』が放送されたクールに,私がずいぶん前から期待していたオリジナル作品もまた放送された.『Do It Yourself!! -どぅー・いっと・ゆあせるふ-』だ.

diy-anime.com

ヤマノススメ』でも何度となく重要な仕事をしてきたアニメータ,松尾祐輔がキャラクタ・デザインを担当した.氏が参加するくらいだから,作画面でも楽しみだった.萌えアニメの文脈をあえて外したようなキャラデザであり,売れ線に「置きにいっている」ような作品ではまったくないことはわかるだろう.

 空想癖があり落ち着きがなく,ケガの絶えない日々を送っている主人公の高校生は,ある朝,自転車を街灯にぶつけてしまう.そのままではとうてい走れない状態になってしまった自転車だったが,通りがかったダウナな雰囲気の高校生が修理してくれる.すぐ後に知るところになるが,彼女は主人公の学校の上級生であり,「DIY 部」の一人きりの部員だった.なりゆきで主人公も入部することとなるが,不器用な彼女はうまく工具を使いこなすことができず,ケガを増やすことになってしまう.そんな主人公だが,DIY に慣れつつ,個性的な友人や闖入者を巻き込み,廃部を阻止するために大きなプロジェクトを立ちあげることになる.成長するにつれ心の距離が離れてしまった幼馴染との関係性のゆくえも,見どころである.

 印象としては,ひじょうに正統派の日常アニメである.ストーリーは大きな起伏なく進展する.『ヤマノススメ』のような派手な試みがなされているわけでもない.そのかわりに,安定した高品質の作画を鑑賞することができるし,その端々で見え隠れする日常芝居の神髄のような微妙なアニメーションは見事である.映像本位でなく,ほどよくストーリーに集中することができるバランスの良さがある.

DIY』はいろんな点で『ヤマノススメ』とは対照的な作品であるけれど,それぞれに “アニメーション”,“アニメ” ほんらいの喜びが濃縮された作品であるのは違いない.

おわりに

 これまで挙げてきた作品から私の好みがバレていることと思うが,まあ,女女感情が好きなだけの百合厨であったりするわけである.そんななかで,『BIRDIE WING -Golf Girls' Story-』,『うちの師匠はしっぽがない』,『シャインポスト』,『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝 Final Season -浅き夢の暁-』なんかはかなりハマった部類の作品である.さらには『CUE!』,『リコリス・リコイル』,『機動戦士ガンダム 水星の魔女 Season 1』,『RWBY 氷雪帝国』,『スローループ』,『処刑少女の生きる道』,『咲う アルスノトリア すんっ!』など,観る作品に事欠かない一年であった.