革命前夜の藻塩草

Anthologie à la veille d'une révolution

反/エコ-テロ-資本主義への準備運動

 "エコ-テロリズム"と呼ばれるようなラディカルな環境保護運動は,これまでのところ圧倒的な勝利を収めている.数人の活動家による派手なパフォーマンスが実行されるたびにそれは世界中に報道され,何千万もの人民の目に入る.ある者はゴッホにトマト・スープをぶちまけ,またある者はフェラーリにペンキをぶっかける.実行した欧州の活動家はごく数名のグループであったが,遠く離れた日本でもちょっとした反動を観測しうるほどにはそのニュースは拡散された.これら一連の報道は,たいへん多数の人々の耳目を集めてきたと思われる.そのため,仮にこのうち1%に共感が得られるとしただけでも,それはすさまじい力能となる.共感までは得られなくても,エネルギー資源の利用を控えるべきという主張に一定の理があることに気づく人は1%どころではなくいると思う.なるほど,「そうした過激な運動は反感しかもたらさない」などという意見も一理ある.しかし,すこし考えればわかるとおり,それらに反感を抱く者たちというのはそもそも反動的であり,地球環境保護への意識など微々たるていどしか持ちあわせていない.また,これから持つ見込みも薄い.すくなくとも,そうしたひとびとを説得するよりも,運動を広く知らしめることのほうが重要であり,かつ近道なのだ.

 一方,昨今かなり力を持ってきた woke capitalism(「意識高い系資本主義」と訳されることもある)について触れておく必要もある.大企業が「政治的正しさ」と(ある種の情念を込めて)よばれるような枠組みで広告を打つと儲かるということがわかってきた.「ESG投資」とか「SDGs」にしろ,何か崇高な理念っぽいものを掲げることでなぜか金が稼げる時代になったことを象徴している.やや陰謀論的な見方だが,"エコ-テロリズム"が大手メディアで報道されるのも,そうした woke な資本家の影響が効いているのではないだろうか.かくして環境運動は green capitalism との間に甘い共犯関係を形成する.さらに,「脱炭素」なる空虚なスローガンの連呼により,それに適うエネルギー源である原子力が,陰に陽に肯定される構図が温存されてきた.ここにも,原子力政策を強引に推し進める国家や資本と市民運動との共犯関係が潜んでいる.

 警戒せよ.われわれには別の世界アルテルナティーを想像する力能がある.そしてそれは,この世界を根本から書き換えるほどの潜勢力をもつ.だからこそ,国家/資本を勢いづけるしかたでそれを行使することは避けなければならない.乗っ取られるな.呑み込まれるな.われわれじしんのための,地球環境じたいのための力であるということを忘れてはならない.