革命前夜の藻塩草

Anthologie à la veille d'une révolution

『神々の山嶺』観た.

神々の山嶺』を観た.夢枕獏の手になる同名の小説を原作とした谷口ジローの漫画をもとに,2021 年にフランスとルクセンブルクで制作されたアニメーション映画である.原題(?)は ≪ Le Sommet des dieux ≫.媒体と言語がそれぞれ2回,跳躍しており,なんだかややこしい.

 一見するとジャパニメーション的でありながら,輪郭線を省いた背景などは絵画的であり,『ロング・ウェイ・ノース』同様の,西洋芸術の伝統に根ざした表現となっている.そう,まさに一コマひとコマは絵画といってもよいほどに完成された美しさがある.美しくありながら,人を寄せつけぬ霊峰の厳しい姿も,淡々としたストーリーとともに描きあげられている.アニメーションとしての動きもひじょうに精密だ.粉雪を巻き上げながら崩れ落ちる積雪の表現なんかは,まるで実写のようである.深夜アニメでときおりみられるような,外連味たっぷりの「神作画」みたいなものとも異なる.

 余談,というか,観ていて気づいた細かいところを雑多に列挙する.まず(これはインタネットで話題になっていたけれど),居酒屋のシーンで若いころの宮崎,高畑がいた.ジブリへのリスペクトだろう.そういえば,主人公・深町の家の本棚には『スタジオジブリ・レイアウト展』の公式図録がしまわれていた.これは 2008 年から 10 年間にわたって日本各地を巡回した展覧会で,私も観にいったものだ.この図録も持っている.調べてみると 2014 年にはパリでも巡業がおこなわれたらしい.制作陣の誰かが観にいったとしても不思議でない.深町宅にはそのほかにも『攻殻機動隊』『鉄コン筋クリート』などの本があり,制作者の趣味が反映されていると思った.劇中の時代的には 1993 年らしく,『レイアウト展』や『鉄コン筋クリート』はまだこの世にないことにはなるが.年代的な矛盾といえば,羽生と長谷が路上で話し込んでいるところで,背景にイトーヨーカドーの看板と思われるセブン&アイのロゴがぼんやりと映されるのだが,セブン&アイ・ホールディングスができるのが 2006 年なので,もちろん当時は存在していない.別に気にはならないが.作中では,そういった固有名は実在のものも架空のものもないまぜになって出てくる.われわれの世界とはちょっと違った世界,ということを意識した表現だろうか.気になったのは,縦書きの看板で,長音「ー」がこのような水平な線で書かれているのが見られたところだ.非日本語話者にとってみたら,漢数字の「一」も長音の「ー」も同じ記号にしか見えず,しかも縦書きでは長音符を縦にしないといけないなんて知ったこっちゃないというのは,容易に想像がつく.ただ,作中の街並みとか登場人物の部屋の中とか,空気感含め,作品の舞台をひじょうによく取材していると思われる箇所が多いだけに,もったいなく思うところではあった.完成する前に助言するひととかいなかったのだろうか.